京都ポストカード作り、なかなかはかどっています。
絵と詩の世界

はるか昔。小学校のころ絵を描くのが大好きでした。詩とかも書いていました。小さい街ですが、ちょっと賞をとったこともあります。担任の先生が社会人経験のあるデザイナー出身の方だったので、いろいろとクリエイティブなことを授業に取り入れてくれて、とても楽しい小学生時代を過ごしました。この方は、大学を出てからデザイナーとして働いていて、家庭の事情で先生に転職したと記憶していますが、今思えば社会人経験のある方が担任の先生だったのは大変ラッキーだったと思います。(よく怒られましたが。お前の落ち着きのなさは、いったいなんだ!と)。この先生は、今では校長先生だとか。いつか会って、お礼を言いたいですね。できれば絵とかなにかで、世に出ることができるようになったら。
残念ながら、中学時代はあまり面白くなく(その時代、男子は全員、坊主頭にさせられました)、先生もなんだか暗く屈折した人ばかりで、美術の先生もイマイチだったので絵を描くことはなく、ゲームばっかりやっていました。部活の帰りに、女子にもらった給食のパンの残りをほおばりながら歩くのが唯一の楽しみでした。
高校はできたばかりの新設高で、先輩も少なく、荒れた人もいなくて田園の中でのんびりと過ごしました。今思っても、あのおだやかな時間はなんだったのか、と思います。中学のとき美術をさぼった私は、高校では美術を専攻できず、音楽でした。担任の先生が音楽だったのですが、なんと担当はヴァイオリン。全く引けないまま終わりましたが。時代は大バンドブーム。「イカ天」とかご存じの方がどれくらいこのブログのユーザーにいらっしゃるかわかりませんが、それはそれはみんなバンドを組んでいました。私もその流行にそれず、キーボードやドラムをたたいていましたよ。
浪人時代を経て入った大学時代も絵は描きませんでした。アルバイトとゼミとサークルとデートとカラオケの日々でした。今でもあの4年間が最高に輝いていたと思っています。このころ、京都によく行くようになりました。真夏や真冬は宿泊費等が安くなるプランがあったので、1週間とか滞在して京都を歩きまわりました。
スケッチブックから始まる

社会人の新人時代は、それは大変でした。一緒に仕事をする人たちとタイプが合わず、つらい気持ちで毎日働いていましたが、その他の人たちやクライアント、取引先の人たちに温かく見守っていただきました。このときも、つらくなったら京都に行きました。若い男性社員で京都に通っている、というは珍しかったらしく、よく京都好きだという女性社員と盛り上がりました。人のいい上司の下に異動し、なんとか仕事で活躍できるようになったころ、入院とリハビリです。運命とはなんと過酷なのか。手術台に乗る、手術が終わって麻酔から覚める、上に見えるのは、テレビや映画そのままのライトです。車いす生活、松葉杖、点滴をつけたまま移動といったことを経験しました。あの病室の日々は独特な記憶です。10年経った今でも季節が変わる頃は痛みます。この入院中に、なんと小学校以来となる「スケッチブックに絵を描く」を再開したのでした。なんとなく、病室や病院の日々をつづっていました。久しぶりだというのに、どんどん描けるのは、それを見て描いているというよりも毎日見ているから脳裏に「線がある」ということだったのかもしれません。退院後、それは1冊の「ボクのイタイ入院絵日誌」となっており、名物患者や美人看護婦、怖いけど有能な婦長さんや朝刊争奪合戦などの絵日記は、退院を待って会いに来てくれた親戚の人たちの腹をよじらせるに十分の出来でした。あのスケッチブックはどこにいったのかな。
試行錯誤と開き直り

水彩画から始まり、描きすすめてインターネットで公開していました。まだブログはない時代。静かな世界でした。すこしずつ反応がありましたが、今みてもひどい絵です。味はあるのかもしれません。妻と結婚してからは、妻からの容赦ない酷評があります。ちくしょうとは思わず、その指摘を受けながらいろいろ検討し、アクリル絵の具にたどりつきます。油絵のようにも水彩画のようにも描ける万能なツールです。乾くのが速いので、じっくりと描いている時間はありませんが、このやり方で、楽しくなってきました。さらにクレヨン画、鉛筆画、マーカー画といろいろやっていきます。クレヨン画は味が出て面白いのですが、スキャンするときにガラスの画面に落ちてしまい、なかなか難しいです。そうそう、カラーインクもしっとりと描けていい感じです。今は「京都ジャーニー(京都旅行の思い出を1枚の絵でつづる。アクリル画)」「京都ブックマーク(京都のある場所をテーマに描く。アクリル絵の具+カラーインク+油性ペン)」「京都ポストカード(京都をモチーフにポストカードを作る。マーカー+油性ペン)」の3シリーズで展開中です。うまい人はたくさんいるので、へたでもいいや、という気持ちで描いています。それでも、この絵のテイストが好きだと言ってくださる方もいるので、そんな方々ともっと交流し、気持ちが少しゆっくりしたり落ち着いたりできる、ちょっぴりメッセージ性も込めた絵を描いていきたいなぁと思うようになりました。最近、モレスキンというノートに絵を描くコミュニティに参加し、絵をアップして外国の方と交流しています。英語はへたくそですが、今は翻訳ツールとかもあるので、「S+V+O」の構文だけは死守しながらコメントなども書いています。これでフランスの方やハワイの方と交流して楽しんでいます。絵というかアートは、万国共通なんだなぁと、言葉の壁を超えるなぁと実感しています。
次の展開は

あと数日、46年ぶりに皆既日食が観察できる日に37歳になります。普通であれば、2人くらいの子供のパパにでもなっているはずでしたが、そうはならず、ブログなどを更新する私ですが、いろいろと形ができてきました。仕事のやり方も遊びのやり方も、コミュニケーション・スタイルも、絵の描き方なども、枠ができていて面白くなってきました。ハヤテノコウジという名前で、いっちょアクションします。たとえばプチ個展とか、イラストやポストカードの物販とか。まずは個展をやって、知りあいたいなぁ。アマチュアイラストレーター、ハヤテノコウジを、これからもよろしくお願いいたします。ああ京都行きたい。京都は絵に描きたくなるのです。無性に。
(上記のイラストにはなんの意味もござーません)
posted by hayate at 22:22
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その他なんでも
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